その瞬間、わっと泣き出したくなった。
目を伏せていた事や心の奥に山積みになっていたこと。
物凄い圧力であたしに襲いかかってきて、あたしの世界は上下反対になった。

あたしの足元に水たまりができた。
あたしが無駄に口にして、無駄にフチをなぞっていたコップの水が、
あたしの指にひっかかって倒れて、水たまりをつくった。
とても大きい水たまり。
ウェイターさんが拭くものを持ってきて、
「お洋服、大丈夫でしたか?」
と言っている。
大丈夫です。お洋服は。
あたしの向かいに座っている彼は
なんともいえない、困ったような、あたしをばかにするような視線で
情けないとしか言えないあたしの姿をじっと見ている。
こんなこと、日常茶飯事。
そんなふうにウェイターさんは手馴れた手つきで水を拭き取り
当たり前のように元の仕事に戻っていく。
あたしはとても泣きたい。
これは夢のような、おかしな世界のような、そんな中での出来事にも思える。
鼻がツンとして、目がうるんで、
ああ、もう泣いてしまいたいと思うのに情けなくて泣けない。
彼の視線。
大丈夫?の一言もなく、笑みもなく、何もなく。
真の人間の銅像みたいな彼。
あたしは心の中にもできた水たまりを乱暴にばしゃばしゃたたく。
大きく水はとんで、せっかくお化粧した顔にも、おめかしした服にもお構いなく
大きな大きな黒い円をえがく。
あたし、なんか薄汚い。

「また、やっちゃった。よくやるの、これ。」
どっから出てきたのかわからない笑顔で、
どっから出てきたのかわからない嘘をついた。